なんとヤツは鍵を取ってきた。
今度は十分なコンディションを整え、体力を温存してあがってきているのか
「かいだん22万6738つのーぼった」
という声にも張りがある。ヤツはまだ健在なのだ。
俺は台湾行きの切符を買い求め、台北に飛んだ。
そこには俺の求めるもの、現在世界一の高さを誇る101階建てのビル、台北101がある
のだ。
「かいだん37万1122のーぼった」
「あ、悪いが俺は台湾に行くから」 「え」
俺は電話口の向こうの慟哭の声を聞いた気がした。
それから8年。
彼はまだ登り続けている。
あれから台北101も制覇したヤツは、続いてクアラルンプールのペトロナスタワー1(8
8階建て452m)同2(同)
シカゴのシアーズホテル(110階建て442m)、ニューヨークのエンパイアステートビル(
102階382m)などを次々に踏破し、
今は柳京ホテル(105階建て330m)の最上階で金正日とディナーを楽しむ俺の元へあと一
段と言うところまで迫っている。
「かいだん39兆4756億3900万53つのーぼった」
疲れ果てながらも聞こえる彼の声には、執念と言うにはあまりに深い響きが込められ
ていた。あと一段、一段で俺の命はヤツの手に落ちる。
俺はゆっくりと遅い夕食を楽しむと、正日に別れの挨拶をして席を立った。
「どこへいくのですかな?」
「ええ、ちょっとアラブ首長国連邦のドバイまで」
そこにはある。160階建て820mの世界一のビル、「ブルジュドバイ」が。
俺は席を立った。ヤツの戦いはまだ始まったばかりだ。 |